国民文化研究所



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再生可能メディアとしてのフロッピーディスク

ついにフロッピーディスクドライブの生産をメーカーが打ち切りへ - GIGAZINE
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20090727_fdd/

だそうでございます。

たしかに、この数年、FDを使ったことはほとんど記憶にございません。基本的に、物理的なメディアでもってファイルをやりとりすると言うことはかなりレアケースになりつつあります。基本、ネットワーク経由ですよね。まさに、エーテル科学の勝利と申せましょう。

ちなみに当方の業界では、投稿論文は未だにオンラインではございませんで、基本的に紙で提出し、査読通過後、別途記憶媒体を郵送といった感じでございます。

で、ここで問題なのがどういうメディアを使うかと言うことなのですが、だいたいそういう場合はFDなんですな。50kバイトも無いようなファイルのためにわざわざCD焼くのも無駄だなぁと思うわけですよ。FDは再生可能なメディアですので、結構便利だと思うのです。

まぁ、斯く言う当方も、ここ数年自分でFDを購入したことがございません。大体、人から送られたものを再利用して投稿用に回したりしています。まさにFDは天下の回りものと申せましょう。

しかしながら、この数年というもの、FDサプライは減少傾向であり、多量のタンスFDが存在しているのではないかと思います。このうえドライブの生産停止まで行ってしまってはどうすれば良いというのでしょうか。

嗚嗟、こんなことなら日食の時、遮光フィルタとして利用していれば良かった。>なりません
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by kokuminbunka | 2009-07-28 09:03 | そのほか

迷惑コメント

コメントをつけるとコレがあったんですな。

ご面倒ですが、承認制にしておきます。

しかしまぁ、こんなところまで書き込みにくるもんですな。
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by kokuminbunka | 2009-07-23 13:09 | そのほか

皆既日食

皆既日食が迫っているということでして、世間一般大にぎわいのご様子で、一部の南の島の方では入島制限を実施したりしなかったりとか。

まぁ、今回の地域が少々北寄りでしたのでよかったのですが、もう少し南の方に偏って、国境的にいろいろ面倒な地域であったらこれまた大変だったのではないかと、天が落ちる訳でもないのに杞憂をいたして日を過ごしております。

さて、猫も杓子も「皆既日食」でございますが、これほど人口に膾炙されながらも、いまだにその「皆既」の意味を正確に説明してくれたメディアにお目にかかったことがございません。いや、皆既日食の構造と申しますか、月と太陽と地球の位置関係がどうだこうだというのは教えてくださるのですが、なぜこれが「皆既」日食というのかということについては、さっぱりでございます。

皆既と申しますのは、「みんなすでに」という意味では当然ございませんで、「既」は「つきる」と読みます。はるかさかのぼること2700年前の桓公三年(BC709)に以下のように載っております。

○秋七月壬辰朔日有食之既〈既尽也……皆既者正相当而相奄間疏也〉(『春秋左伝』)
(秋七月壬辰朔、日の之れを食する有り。既なり。〈既は尽くるなり。……皆な既くるとは、正さに〔日月が〕相ひ当りて、〔太陽と地球の〕間疏を相ひ奄ふなり。〉)

このように、「皆既」と使われており、このコトバが、西洋科学の伝来とともにtotal eclipseの訳語として用いられるようになったわけでございます。

それにつけても想われるのが、「皆既」などということばを、よくもよくも当時の学者が知っていたものだなぁということでございます。もちろん東アジアにおいて展開した経験科学の上に、西洋科学の受容があるわけであって、近代初頭の自然科学者が、和語・漢語に対する深い学識を有していたことは疑いもない事実であります。

思い起こせば、蘭学受容の過程で、これら先人は、それまでの学問には存在しなかった器官(=「腺」)に対して、新たなことばのみならず漢字までも作り出してしまった訳でございます。日食を前にして、その日本語に対する執着に畏敬の念を新たにするとともに、我々の日本語能力の低さをなんとも哀しく思ったりする次第でございます。
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by kokuminbunka | 2009-07-21 15:32 | そのほか

今を生きるエーテル科学

このところ大学では「日本文化論演習」(仮)をやっております。

留学生が日本における心身論(霊魂―身体論)をテーマにお話したのですが、比較としてヨーロッパの心身論についても言及してくれました。その際、キリスト教における復活Resurrectionに関して、「死者の肉体が無ければならないというワケではなく、復活に物理的な肉体は必要ではないと考える人もいる」と、彼は宣いました。

彼が言うには、「復活するときの肉体は、霊魂Spiritによって「空的な肉体」が形作られるので、物理的なこの世の肉体は不要らしい」とのこと。

「嗚嗟、霊魂から作るのね。なるほど。いや、ちょっと待て。その「空的な肉体」ってなんだ?」

当然出てくる質問でございます。とはいえ、なんかどうも要領を得ない回答でしたので、英語で言ってみてと申しますと、

「イーター」

とおっしゃいます。「イーター」と言われても、「マンイーター」しか思い浮かばないなんとも頭の悪い教員で申し訳ございません。

「ごめん、スペル書いて、原文の」

と言ったところ、彼が書いてくれたのが、

ether

でございます。

「嗚嗟、etherですか。ん? そりゃ、エーテルじゃないですか? それを日本ではエーテルと言います。ドイツ語系の読み方です(ホントはオランダ経由らしいです)」

とたたみかけるように言う当方。あちらは

「嗚嗚、エーテルというのですか」

と、あっさり。

かくしてすべてが氷解いたしました。なるほどねぇ、エーテル的肉体でしたか。それなら物理的肉体が無くても良いですよね。

そこで思い出したのが、日頃お世話になっているethernetでございます。イーサネット、イーサネット言っておりますが、よくよく考えてみればエーテルネットなわけでございます。

調べてみますと、どうやら、本当にエーテルネットだったようでありまして、

ethermanage.com
http://www.ethermanage.com/ethernet/ethername.html

によれば、物理的なネットワークの間のメディアとして、エーテルということばを採用したそうです。エチルエーテルなんてインチキエーテルではなく、本当のエーテルが今も生きていることを想いを致しながら、今日もエーテルに駄文を載せているのであります。
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by kokuminbunka | 2009-07-15 00:22 | 週刊『思想と国民文化』

再起晩成

なんとか復活を目指そうと思っていたのですが、公私共々大童でございまして、なんとも驚きの放置っぷりでございます。

もう昔のようにHTMLを書くだけの気力がないことを痛感したので、こちらのブログをメインにしていこうと思っております。跡地となったgeocitiesの方には、このブログが埋め込まれた形になっていますので、右下の「跡地」リンクをクリックし続けると、入れ子式にどんどんウィンドウがはめ込まれるので、ちょっと気持ちが悪いです。

そういや、テレビカメラでの画像が映し出されているテレビにカメラを向けると、映像が永遠に映し出されたことを思い出しました。ついでにやった直後、「カメラが壊れる」とエラく怒られたことも思い出しました。

ホントに壊れたのかな。

どうぞ、今後ともどうぞよろしくお願いします。
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by kokuminbunka | 2009-07-14 23:30 | そのほか

だらだら思想研究……国民文化をスノッブかつペダンティックに研究しております。
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