国民文化研究所



『近代日本と仏蘭西』三浦 信孝編 大修館書店刊 \2,800

http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi?bibid=02419526&aid=ex

 フランスということばが仏蘭西と書かれるようになったのはいつ頃からなのでしょうか。幕末期には、払郎西や払郎西という形で書かれたわけであり、どちらかというと「蘭」という単語はなるべく使わない方が吉だったように思います。

 だいたいにして、仏国といえば、当然のことながらインドのことであって、まさか泰西の国だとは思いもしません。っていうか、西遊記といいながら、そんなところまでお経を取りに行ってたら、玄奘三蔵はとても三蔵だけでは足りなかったでありましょう。いや、逆に、7世紀頃のヨーロッパなんてなんにもないから、蔵が建つかも危ういところかもしれません。

 閑話休題。

 近世後期には、西洋の天文学もたくさん入りまして、『仏国暦象編』(1810)なんてものもありました。これは、ケプラーの法則に基づいて地球の楕円軌道の運行を明らかにしたものでありますが、残念なことに第三法則の理解が今ひとつ不十分なために、月食の計算に大きな狂いが生じてしまっているという曰く付きの本――ではなく、真宗の坊さんで円通という人が著したものです。

 仏教的世界観というか宇宙観というか、見たことのとある方はおられると思いますが、インド人の考えた世界というのは、須弥山世界というやつで、宇宙の中心には須弥山という高さも知らないような山があるんだというお話です。しかしながら、蘭学的宇宙像の紹介は、そういうものを破壊してしまったわけですが、円通さんはなかなか面白いことをいいまして、「いや、それはね、須弥山が大きくて見えないから、測り切れてないだけで、実際は太陽系なんかよりももっと大きい宇宙ってのが存在するのよ」と、なんか正しいような正しくないようなことを言うのですね。

 いうなれば、形而下の宇宙と形而上の宇宙は相互に矛盾しないという、大変に近代的な宗教観を有していたと申せますって、毎度のことながら話がずれまくっております。

参考 http://library.nao.ac.jp/kichou/open/004/
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by kokuminbunka | 2004-07-21 08:46
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