国民文化研究所



「国民文化」とは何か――国民文化についての一般理解

本研究所は、国民文化をスノッブかつペダンティックに研究することを目的としており、また国民文化それ自体とは何であるかを不断に問うております。

わたくしたちは、「国民」なる観念、さらにはその「固有の文化」などと云うものが近代において初めて生れたことを、もう一度確認するところから始めました。端的に言えば、「国民」があって「国民国家」が出来たのではなく、「国民国家」が「国民」を作ったという事実を国民文化理解の第一の前提と見做そうではないか、と云うことです。

むろん、国民国家を作った人々の存在は否定できません。しかしそれは決して国民国家の全構成員を意味しませんでした。自分自身を国民として意識する人々が国民国家という一箇の共同幻想を通して、政治的になにものでもなかった人民を国民に転化させていったのだ、と言うことが出来るでしょう。

例えばフィヒテが「ドイツ国民に告ぐ」を演説したり、ヘーゲルが「ドイツには国家がない」と言ったりしましたが、こういった自らを国民と意識する人々に導かれて国民国家とその構成員が、初めて形作られていったのです。

もちろん、国民成立以前にも「ドイツ人」はいました。しかしながら、それは決して「ドイツ国民」ではありませんでした。「ドイツ人」が「ドイツ国民」であるには、自分自身をその所属していると見做される国民国家の有機的な一部分として意識(対自化)されなければなりませんでした。

ドイツと同様のことは日本においても展開されました。

日本における「国民」意識は、「ドイツ国民」がフランス革命・ナポレオン戦争と云う名の「自由の侵略者」によって意識されたように、ウェスタン・インパクトと云う名の「自由主義の侵略者」によつて形成されました。

かつて福沢諭吉は、日本人を評して「政府ありてネーションなし」とか「国民なくして客分のみ」とか言いましたが、それから20年も経たずして明治の民は自らを「日本国民」として意識し甲斐々々しく「天皇のため」「御国のため」に命を投げ出すまでに至りました。しかしそれは、本来有しているべき「国民意識」を「想起」したのではありません。国民意識には想起説は適応できませんし、むしろ危険ですらあります

 このような「国民」概念を前提としたとき、いったいその「文化」――すなわち「国民文化」――とはいかなる存在なのでしょうか。

 それは、あくまで近代国民国家の文化であり、また同時に国民国家を形成する精神となった文化だと定義できるでしょう。古都の巨大な寺社でさえ、それが特権階級によって独占されていた限りでは、この国民文化に対してなんらの関わりを持つものではありません。これら「過去の遺産」は、そのヒエラルヒーの頂点から引きずり降ろされ、全国民的に享受されることによって国民文化に転化されます。

 しかしながら、このような国民文化の理解について近代的エートスを以て正論を述べた津田左右吉は、まさしくその近代日本における国民国家の理論のために糾弾され、ついにその著書は発禁処分を受けてしまいました。わたくしたちは、近代国民国家のイデオロギーが、正しい言論を抑圧した事実に倣うことなく、国民文化に対して透徹した眼を持つことを目指そうとするものであります

 かつて和辻哲郎は、古典は古典であるが故に価値を持つと申しましたが、わたくしたちの理解ではそのようなことは決してあり得ません。

和辻の誤謬は、かつて貴族の血肉であった古典を国民文化の中に取り込むことによって有価値に転化させたその運動を意識しなかったところにあります。

いかなる古典でさえも国民文化においていかに内在的でありえたか、と云う視点を通して初めてその古典は価値を見出すことが出来ます。たちえば、ある意味「死んだ言語」の研究でさえあった国学もそれが学術的探求に留まらず、いかがわしい神学的色彩を含みつつ、「草莽の国学」として機能したが故に「前期的国民主義」(丸山真男)として近代国民運動の一翼を担うに至ったのであります。

 わたくしたち国民文化研究所は、近代国民国家に対するイデオロギー批判と共に、それを成り立たしめた精神の探求を主な目的として設立され、現在まで運営されております。そして今後も倦まず弛まずこの方針を堅持して活動していくことを誓うものであります。

2000年03月30日  国民文化研究所非常勤講師 田中征爾

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by kokuminbunka | 2001-01-01 00:00 | 設立趣意書
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